短篇・第三次世界大戦


 第三次世界大戦が起こって、私の住んでいる国の首都も壊滅した。生き残った人々は、絶望から無気力となり、まったく無目的に行動していた。
 私は憲兵だったので、治安をあずかっていたが、左腕に巻いた腕章の赤い生地と、黄金色の文字との対照が、非常にあざやかに思われた。
 首都の交通機関は、完全に停止していたが、かろうじて地下鉄だけは動いていたので、私は、同僚とともに、地下鉄の警備にあたっていた。
 地下鉄の車内には、立っている人もいれば、座っている人もいたが、いずれも話ひとつかわすこともなく、無表情で、どんよりとした目つきをして、だまって電車の揺れに身をまかせていた。
 やがて、地下鉄は、ある駅に到着し、構内にすべりこんだ。
 プラットホームには、大勢の人が電車を待っていたが、どうせ用事もなく、どこへいくというあてもないのに、いったい、なんのために電車に乗ろうとするのか、私にはさっぱりわからなかった。
 しかし、電車は、いつもどおりスピードを落として止まり、ドアが開いた。すると、電車の中と同じに、ホームの人々はひとことも発しないまま、次から次へと乗りこみはじめた。たちまち車内は、戦争になる前の、ラッシュアワーの時のようになってきたが、それでもまだ、ホームの人は、乗りこむのをやめようとはしなかった。
 このままでは、怪我人が出るおそれがあると判断したので、私と同僚は、声をからして、
「押してはいかん」「これ以上乗ってはいかん」
と制止しようとしたが、そのことばが、はたして聞こえているのか、いないのかわからぬままに、なおも人々は、押し黙ったまま、われさきに乗りこんでくる。そのうち、同僚のうめき声が聞こえたので、とうとう押しつぶされてしまったことがわかった。
 そうしていると、なんとなくドアが閉まって、電車は発車したらしかった。
 このまま、この車内にいてもどうしようもないので、私は、乗務員室へいくことにした。人込みをかきわけて、先頭の車両に移ると、そこは案外にすいていて、立っている人もまばらだった。
 運転席には、乗務員が三人いたが、いずれもみな、学校時代の友人であったので、大いに気楽だった。私は、乗務員室の窓から、前方を眺めることにした。
 暗いトンネルが、なんべんか白く明るくなり、大勢の人の姿も見えて、駅をいくつも通過したようだが、さきほどの混乱にこりたのか、電車は、一回も停止しなかった。運転席の友人も、またそれで平気な風だった。
 しだいにトンネルが上り坂になり、青い光が前方からさしこんできて、線路は地上に出た。そこは、すでに郊外になっていて、木の多いところだった。
 やがて、左手に、小高い丘が近づいてきたが、線路は、そのふもとを回りこんでいくらしかった。
 丘のかたわらを電車が通過するとき、頂上の木立の上に、さらにそびえるように、一軒の家が建っているのが見えた。真っ青な空に、その家の、四角い輪郭がくいこむようだった。白い枠の窓ガラスが、光を反射していた。しかし、その家には、もう誰ひとりとして住んでいないという事実が、今度の戦争の恐ろしさを、なによりも示していた。
 その間にも電車は走りつづけ、線路は国有鉄道の路線に合流しようとしていた。
 駅がしだいに近づいてきた。しかし、私の乗った電車が入っていこうとしている線のプラットホームには、国有鉄道の列車が停止していた。
 私は、乗務員たちの顔を見たが、友人たちは、顔色ひとつ変えずに、運転を続けている。そのうちに、電車はみるみる駅に迫り、同じ線路の上にいる列車がはっきり見えてきた。
 このままだと、衝突するに違いない。私は、憲兵として、乗客に注意しなければならない。
 私は、友人たちのことなどすっかり忘れて、乗務員室から駆けだし、最前部の車両に乗っている人々に向かって、
「衝突するぞ。みんな、伏せろ」
とどなると同時に、自分も身を伏せ、予期される衝撃にそなえようとした。
 すぐに、金属の物体同士がぶつかりあうものすごい音がして、電車の車体も、大きく二、三度、左右に揺れた。
 私は起きあがり、運転席の惨状を想像しながら、重苦しい気持ちで、乗務員室に戻った。すると、驚いたことに、乗務員室はまったくの無傷で、三人の友人も無事だった。
 安堵と、一方では憲兵の職務を理由に、そして半分は恐怖にかられて友人たちを見捨てたうしろめたさとがないまぜになった、複雑な心境で、私は聞いた。
「衝突しなかったのか。電車は止まったのか」
 すると、ひとりの友人が、指さして言った。
「ぶつかる寸前に、あれが出ていったんだ」
 前方を見ると、たしかに、国有鉄道の列車が、ゆっくりと遠ざかっていくところだった。
「そうか」
と私は言ったが、いま答えた友人も、他のふたりも、私に対して、なんの悪感情も抱いていない様子なので、私は、内心、大いに安心した。
 では、あの音と振動は、いったいなんだったのか。私は、そうした疑問にかられて、周囲を見わたした。すると、左手の線路の上に、信じられないような光景があった。
 そこは、大きな駅で、線路が何本も並行していたが、そのなかでも、こちらの線路からほど遠からぬところで、巨大な、黒い蒸気機関車同士が、見事に正面から衝突していたのだった。
 双方とも、恐ろしい勢いでぶつかりあったらしく、先頭部は両方ともすっかりひしゃげ、しかも勢いあまって、おたがいに乗りあげて前部が持ちあがり、あたかも尺取り虫のような格好になって止まっていた。
 さきほどの音響と振動は、この衝突によるものだったということがわかって、私の疑問も解けたが、それにしても、つい今しがたのことなのに、蒸気機関車には誰ひとり乗っておらず、また駅員も集まらずに構内が静まりかえっているようすが、やはり戦争の結果のすさまじさを感じさせた。