諸般の事情で、長らく書き込みをしなかったが、これからも根気強く続けていきたい。
VOLVO240オンマニ号は、調子よく走っている。100キロを越す長距離も、何度もこなしている。2009年03月は、数少ないチャンスを生かして、中津川一泊の木曽路往復もしてきた。高速を使えば、リッター10キロの燃費だ。チャンスを逸してオイル交換を怠っているのに、この数字だ。とはいえ、4月には12ヶ月定期点検を控えているので、併せてオイル交換もせねばならない。この報告も、いずれ書き込む。
(2009年04月01日記)
2008年08月06日 ボルボ240、オイル交換
オート・ボルタへ行き、ボルボ240オンマニ号のオイル交換をした。12月点検以来なので、たぶん交換しないまま7000キロくらいまで走ってしまっていたはずだ。交換時、123413km。
オイルはいつもどおり、バルボリンMaxlife10w-40、オイルフィルタはボッシュ製、WAKO'sのFVを添加。
オート・ボルタの社長が、キャップの裏を見て、「ぜんぜん焼けてませんね、綺麗なものだ、メンテナンスの賜物ですね」と誉める。要するにオイルは汚れていなかったということだろう。だからといって、換えなくてもよかったなどと居直るつもりはない。
その後、社長の運転で、周囲を少し試運転。基本的に何の問題もない。ただここしばらく燃費が少し落ちている(リッター7km)ので、そのことを言うと、「カーボンが溜まっているのかな、アクセルペダルが少し重いと感じたらカーボンかもしれない、スロットルバルブとアイドルエアコントロール(IAC)バルブ清掃をすることが必要ですね」とのご託宣。これはボルボ240整備の定石どおりだ。あとはWAKO'sのF1を連続投入するようにとのことだった。
それから、6月半ば以来、アンテナマストがうまく伸び縮みしなくなっているので、これの修理も頼む。たぶん中のプラスチックワイヤーが経年劣化を起こし、ずれたか欠けたかしているのだ。駐車した際、段差を乗り越えた拍子でこうなった。これは前のボルボ740でも経験済みの定番トラブルだ。上下運動のはずみで、運が悪ければこの故障が起きる。おそらくアッセンブリー交換となるだろうが、永く乗るつもりなので思い切ってレストアしよう。それにボルボ240のアンテナは、非常に性能がいいそうなのだ。
それと、以前ガレージの社長に言われた、本来のマイナスアース線の強化だ。すでにオーディオテクニカのスピーカケーブルにエーモンの端子をカシメてつけてある。これを交換して取り付けてもらう。
以上3点、ただしもうお盆間近で工場も車を受け入れないので、これらは8月下旬に一気にまとめてやってしまうということで話をつける。
どうも車検以来、ボルボ240オンマニ号はぐれている様子。
ガソリン200円かと言われる昨今、燃費が悪くなるのは困る。なんとか以前のあのバランスを取り戻してもらいたいものだ。
2008年08月28日 ボルボ240、ガレージ入り
ボルボ240オンマニ号を、オート・ボルタへ持って行く。
今回は整備というより、修理とメンテナンス。伸び縮みしなくなっているアンテナマストを交換してもらう。それから、燃費が悪くなっている(リッター7キロ)ので、エンジン吸排気系のバルブ箇所のカーボンを清掃除去してもらう。WAKO'sのF1は、すでに2本投入済み。これでなんとかなってもらいたい。
さらにオリジナルのアース線の交換についてだが、ガレージ社長によると(この人が電気のエキスパートだということはすでに書いた)、このアース線は特殊で、どこからか先が二股に分かれているらしい。さらには端子部分はカシメるだけではダメで、職人芸的にハンダを流し込まないと、結局抵抗がついてしまうのだという。
そんなこと、素人にできるはずもないではないか。ガレージ社長は、私がアース線を作ったということをボルタ社長より聞いて仰天したらしいが、私だってそこそこまめだし、実行力もないわけでもない。だいたい、その気にさせたのはガレージ社長でしょう、とボルタ社長に言ったら笑っていた。
というわけで、もし純正部品があるならば、このアース線も新品に取り替えることを依頼しておいた。もちろん、できればの話で、こだわっているわけではない。(追記:無理だということだった。)
代車はふたたびラシーン。こがね虫のようにぶんぶんうなって、よく走る。大きさも挙動もカナブン並み。先も見えないような豪雨の中をくぐり、家までたどり着いた。
ボルボ240オンマニ号は来週戻ってくる予定。ガソリン価格も少し下がってきたし、試運転をしようと考えている。
*ちなみに、三推社/講談社から、『ボルボ定番トラブル解決事典!!』新版が出版されています。オート・ボルタの紹介も載っています。よろしくご高覧願います。
2009年04月17日 ボルボ240、12箇月定期点検に入る
アポイントを入れてあるので、ボルボ240オンマニ号を飛ばして、オート・ボルタへ。12箇月定期点検だ。
クルマそのものは実に快調。車検以後ギクシャクしていたものが、ようやく落ち着いた感じだ。ATの切り替わりがどうしてもやや不満なところがあるが、これはいずれ、ソレノイドを交換してみたい。
あとはオイル交換だ。すでに10000キロ弱という距離の間交換を怠っているはずなので、これが急務だ。しかしそれでも、一般道走行で、なおリッター8キロ強を維持しているので、なんとか持ちこたえているのだろう。ボルタの社長も「(バルボリンオイルの耐久性は)7千キロくらいまでは大丈夫と聞いていたが、いけるものですね」と感心する。これについても、いつもどおり、WAKO'sの諸ケミカル投入をお願いする。
さらにタイヤのチェックも頼む。5万キロは越している。磨耗サインは出ていないが、もし必要とあれば交換になる。ボルタではこのごろ、ミシュランのエコタイヤにしているという。もちろん、それで構わない。
しばらく雑談をして、代車ヴィッツに乗り、ボルタを辞す。ヴィッツはオンマニ号を乗りなれた身からすると、まるで軽自動車の挙動だ。ハンドルはよく切れて、車もまたかなりのスピードを出していても、それに十分に追随して、タイヤを鳴らすこともない。最初はブレーキが利き過ぎるのに戸惑ったが、それもすぐに慣れた。
もう自宅まで三分の二というところまで来たとき、オンマニ号の車内に、自宅駐車場のチェーンバリカー開閉リモコンを置いたままにしてきたことに気づく。あわててオート・ボルタに電話して、取りに戻ることにする。「じゃあオフィスで待機してますよ」と、社長はいつも親切。
苦笑している社長に礼を言ってリモコンを受け取り、再度帰宅。
2009年04月24日 ボルボ240、12箇月定期点検完了
オート・ボルタ社長より12箇月定期点検完了の知らせを受け、授業終了後、代車ヴィッツで向かう。すっかり慣れた。妻によれば、この旧型ヴィッツの方が、以前レンタカーで乗ったポルテよりも安定感があるという。素人の感覚というのはおもしろいものだ。
到着して、オフィスでコーヒーを飲みながら、まずは雑談。社長が憤激するには、ウォーターポンプがイカれて水漏れしていたと言う。純正部品でないと渋い顔をする割にはこのざまではないか、だいたい一年持たない純正なぞあるか、とガレージ社長に文句を言ったそうだ。またメーカーの方にもクレームをつけたら、一年も経った部品のクレームなぞ受けられない、のみならずこんなことはどこの外車メーカーでも同じだ、とまるで木で鼻をくくったような返事らしい。いいですよ、それなら今後は社外品を使いますよ、まだしもサービスのよくて良心的な社外品を、廉く小まめに交換しながらメンテをしますから、とだいぶんおかんむりだった。自動車業界も、これだけ打撃を受けていると報道されている割にそんな殿様商売をしているようでは、いずれ仕合わせよくないだろう。
さて肝心の整備の方だが、点検時点で、総走行距離135018キロ。
●スパークプラグ清掃
●エアクリーナエレメント清掃
●ウォーターポンプ交換
●ブレーキパッドフロント・リヤ交換
●エンジンオイル交換
●オイルエレメント(フィルタ)交換
●オイルフィラーパッキング交換
●リヤトルクロッドブッシュ交換
●LLC交換
●いくつかの調整および締め付け
といったところだった。
プラグはスプリットファイアのプラチナにニッポンエミール特注のコーティング済だし、エアフィルタはK&Nの湿式なので、どう清掃したかやや心配だが、そこはガレージを信用するしかないだろう。オイルはバルボリンMaxlife10w-40、それからオイルフィルタは、うっかり預けるのを忘れて、今回はボッシュではなく、一般的な代替品であるW916となった。次回の交換時には忘れないようにしよう。さらに、WAKO'sのFVとシールコートを添加した。これは100キロくらい走行すると馴染んでくるとのこと。ケミカル注入のさいに、カムのところをちょっと覗いたが、綺麗なものだった。またオート・ボルタからすでに通販でWAKO'sのF-1も購入してあるので、これをガソリン満タンごとに一本ずつ投入する。
貨物船に車を積んで鹿児島まで納入に行ってきた土産話などをしばらく社長から聞いた後、少し雨のぱらつき始めた中、キーを受け取って走り出す。オンマニ号は快調、何の変りもない。エンジン音も静かで一定しており、安定感は抜群だ。ヴィッツはいい車だと思うがなにしろ小さく、よくない権威主義ではあるが、ともすれば周囲から軽んじられがちだ。その点、ボルボ240ともなれば、ネオ・ビンテージでもあり、まずそんなことはない。これもまた、別の安心感ではある。
途中のエネオスでガスを補給したのを機に、早速F-1を一本投入。入れてから、しまった、先に入れるように言われていたのに(それによって撹拌され早く混ざるらしい)失敗した、と思ったが後の祭り、まあ振動で自然に混ざるだろう。
どうせ整備の後は、平衡状態に戻るまでは、いつものごとくしばらくは落ち着かないに違いない。
2009年06月03日 ボルボ240サイト、生兵法感慨
ボルボ240関連サイトを見ていると、掲示板がたまに大荒れになる時がある。それは事前によく知識を(車についてもディーラーについても)仕入れておくことをせずに(そうするということにすら思い至らずに)、見た目とか価格とかでいきなりこのビンテージカーを購入し、さあそれから、泡を食って「教えてクレクレ君」になって問い合わせの書き込みを連発する人が出てくるときだ。
サイトの主催者、また常連さんたちは、いずれも年季の入った本格的アマチュアで、親切ではあるが職人肌だ。またアマチュアとしての規矩は踏み外さない(責任を問われても困る)ためにも、少々厳しい物言いになる。「ものを聞くとき」の聞き方には暗黙のルールがあり、それが出来ていないと、まずそこで門前払いだ。知りたいなら、まず掲示板、経験譚その他多数のページをまず洗いざらい見ておけ、その間に前記のルールも自然に身につくだろう、それから初めて問い合わせなさい、といったところだ。「可哀想な人間が困り果てているのだから、助けてくれてもいいじゃないか」との言い分には「その気持ちはよく分かるが、ここは病院でも魔法の場所でもない、みんな頭をぶつけながらなんとかトラブルを乗り越えてきた、それが楽しいし、連帯感だし、助け合いなのだ、そこをわきまえて訊ねてくれれば、分かる範囲のことは喜んで答えてあげましょう」ということになる。つまり、「教えてくれ」「教えてやろう」この二者の間には、意外や大きなコミュニケーションの溝が横たわっている。「五里霧中なんです」という問いに「地図は調べたかね」と答えるようなものだ。「その地図の見方や調べ方が分からない」「それじゃあ面倒見られない」ということだ。
これは日本の自動車教習所でよく見かける光景で、「何でも聞きなさい」とか教官が言うから質問したら、「教科書読んだ?」といわれてムカッと来る初心者はいくらでもいる。「だから、どう見当をつけて、どう読んだらいいか、そのやり方そのものから教えて欲しいのに」というわけだ。ここに、徒弟制度のいい面と悪い面、両方が現われる。
「なにくそ」と喰らいつけばすばらしい結果が生じるし、さもなければ泣いて諦める外ない。そして永遠に嫌ってしまうのだ。
だから、生兵法は大怪我のもと。いきなり本格アマチュアの真似をしたり、下手な教えの請い方をして嫌な思いをする前に、素人はガレージへ行きましょう。まずは先達さんの言うことに従い、無理な背伸びをして我を張らないこと。
2009年06月24日 ボルボ240、小メンテナンス
ボルボ240オンマニ号は少々お疲れか、いささか問題が出たので、オート・ボルタに電話をして持ち込む。
問題とは、
●ブレーキランプ接触不良で、警告ランプがしばしば点き始めた。
これは納車した夏に起こった症状と同じで、接点を磨いてもらって治っていたのだが、再発した模様。「純正でも起こるんですよ。ほら、融けているでしょう」と、オート・ボルタの社長が、別のクルマで取り替えて保管してある部品を見せてくれる。確かにコンビネーションライトの枠のプラスチックが融けている。ショートしたようだ。これは以前の740でも起きたことがあり、ボルボの弱点というか、持病のようなものかもしれない。
幸い、オンマニ号の場合は融けることもなく、接点を磨いて、金具を少々広げることによって解消できた。いったん剥がした内張りを留めるプラスチックのボタン部分もテープで補強してもらって、一件落着。「そろそろこういうことも自分でできなければダメですね」と笑いながらも、やんわりと社長。
それ以外には、ドアロックのリモートが少々渋くなっている。これはやはり安物買いをして、装着に無理をしたせいのようだ。開閉のためのロッドの長さが足りないので、工夫をして接いだのだという。ガレージ社長が、もうこの機械はつけないでくれと悲鳴を上げていたらしいから、悪いことをした。とりあえずは騙し騙し使うしかない。
もうひとつは、エンジンストール。これも購入してしばらくの雨のときになって以来、二度目。今回は駐車中のアイドリング時で助かったが、ラジオの周波数セッティングは一からやり直した。オート・ボルタ社長によれば、湿気が高くなったりすると起こりやすくなるという。つまりは電気系の問題か。「頻繁に起こるようだったら、また言って下さい」とのことで、これも様子を見ることにする。あるいは、IACバルブやスロットルユニット、エアマスセンサーユニット、クランク角センサーなどの定番の清掃が必要かもしれない。*この問題のヒントについては、これ⇒★をクリックしてください。
後は社長がタイヤの減りを見ながら「これもそろそろですね」と言う。「じゃあ、ホイールも見繕っておいてください」と答える。コロナホイールは汚れやすいし、案外やわなのだそうだ。
さてしばし雑談の後、試運転。警告灯は点かなくなった。エンストもしない(されたら大困り)。エンジン音は程よく快調、しばらくはこれでやってみる。
もうひとつはオカルトじみているが、こちらの気分が焦ったり泥沼だったりすると、クルマも覿面にそれを反映することは、どうも確かのようだ。だからクルマが代わりに引き受けてくれているのだとすれば、ありがたく感謝したい。そしてそんな気分で運転しないように心がけねば、ほんとうに事故を起こすこととなる。そうした警告と受け止めたい。
2009年07月04日 ボルボ240、一日ドライブ
メンテナンス後、本格的ドライブに出かける。家を出てまず、近くの氏神様にちょっと遅れたがおついたち参り。それから給油して、府中インターから中央道〜首都高速4号〜中央環状線(C2)〜三郷線〜常磐道と道を取り、日立中央インターで降りる。給油したGSからここまで、ちょうど2時間半。途中1回休憩を取っているので、たぶんきわめて順調なペースだ。
そこから山道に入り、日立市入四間町にある水戸藩時代の神仏混淆修験霊場として知られる、御岩神社に参詣する。毎正月に必ず初詣をすることが続いていたのだが、今年は行けなかったので、気になっていた。しかし半年というのは何かの区切りであるはずなので、ここで思い立ったのはよかった。
お参りの後、お札を戴いて再び出発。国道349号に出て、常陸太田を過ぎ、那珂インターから常磐道〜友部ジャンクション〜北関東道と走る。北関東道のこの区間は、おそらく初めて通るはず。途中には、「新治筑波を過ぎて幾夜かいねつる」の日本武尊の古事で知られる、新治郡衙と新治廃寺跡がある。歴史の深いところなので、今度また訪ねてみよう。道路は新しく、沿線風景も筑波の麓で桃源郷のよう。
走っていくうちにしだいに雲行きが怪しくなり、ついに沛然たる豪雨となって、前が見えないほどになる。速度を落とし、先を走るトラックの後につく。見込みどおり、5分も経たずに小やみとなったので一安心して、再び速度を上げる。時ならぬ洗車のお蔭で、クルマは綺麗になった。
栃木都賀ジャンクションから東北道に入り、佐野藤岡インターで降りて、プレミアム・アウトレットに行く。大勢の人出で、駐車場も満車状態。さまざまな店の袋を持った人々が、楽しげに場内を行き交い、フードコートやレストランで、やれやれやっとという風に笑みを浮かべて腰を下ろす。ベビーカーを押した若い親子連れもたいそう多いし、こんな光景を見ていると、不景気だの少子化だのといった悲観的ニュースというのは、いったい何なのだろうと思ったりもする。「いやそれこそが格差社会の問題うんぬん」という見方もあるだろう。とはいえ、楽しそうな顔というのは、なににせよいいものではないか。こちらの心も温かくなる。
その後は、赤城や榛名の方に落雷の稲妻が走るのをはるかに見ながら50号線を通って、足利〜大田〜熊谷と走り、「びっくりドンキー」で夕食。先日テレビで報道されたからかどうかは知らないが、夜10時を過ぎてもまだ客足は絶えずに、テーブルの順番待ちをしていた。不景気で財布の紐が固いというよりもむしろ、めりはりのある消費の仕方をしているのではないか。そしてそれが、もし社会の資本主義的成熟を示すものならばいいのだが。
再び車を飛ばして東松山インターから関越道に入り、圏央道へと道を取る。妻が「ずいぶん滑らかに走るわね」と言う。たしかにボルボ240オンマニ号の走りはスムーズで、エンジン音も静粛だ。途中で何かの異音かと心配したら、道の両側の田圃から聞こえる蛙や河鹿の鳴声だった。
そうして最後は、日の出インターを出て、滝山街道〜八王子市街〜16号線というルートを通って帰宅したのだった。燃費も高速走行で調整されたと思うので、まあよさそうだ。
2009年07月13日 ボルボ240、2度のエンジンストール
昼、移動のためにボルボ240オンマニ号のエンジンをかけ、最寄の交差点まで走り、信号待ちしていたら、そこでエンジンストール。すぐに再始動させ、交差点を右折しようとしたら、その途中に再びエンジンストール。パワステが効かなくなってハンドルがあれよという間に重く固くなり、左側のガードレールが目前に迫る。一瞬のことで頭は空白。幸い小さな交差点で、他に車もなく、人もなく、スピードも徐行以下だったのでなんとかオンマニ号は止まり、直ちにハザードランプをつけてサイドブレーキを引いて、再始動する。
後続の車をやり過ごしてから、そろそろと発進。油断なく注意を払いながらアクセルを踏んでいく。その後はもうエンストすることもなく、無事に帰宅。
ただちにオート・ボルタに電話をかけ、社長と相談。エンジンストールの原因の切り分けはたいそう難しい。燃料ポンプか、アイドルエアコントロールバルブか、イグナイター(パワーステージ)か、等等。「いまガレージに入れても、そうしてすぐ再始動が可能な状態だとすると、車載コンピュータの自己診断コードすら出ないまま、部品の交換で散財するだけに終わってしまう、もう少し症状が頻発するようになってからにしましょう」という、いささか恐ろしいご託宣。こちらとしてはそうなる前、つまり未病のうちに何とかしたいのだが、そこはプロとの違い。ともあれ、いつでも連絡を取れるようにはしておく。
結局それから後はエンジンストールは起こらず、ひとまず車は安定している。
今日の昼間は35度くらいに気温が上昇し、炎天下に駐車していたので、オンマニ号も熱中症で貧血を起こしたのだろう。これは冗談や気休めではなくて、ガソリンが気化してプラグにかぶったりとか、電気系が弱ったりとかあったのかもしれない。だいたい、エンジン温度が上がるまでの間に今日のエンストは起こっているから、とりあえずは環境保護には逆行するが、少しアイドリングをして回転を安定させて、水温計の針が動き始めてから出発することで、しばらくは対処してみよう。
しかしこれで、ごく初期の冬の雨の中で1度起きて以来絶えてなかったエンストが、今年はこれで3度だ。あまり不安を持って乗ると車はそれを感じ取るのでいけないが、少々注意を払いつつやっていかねばならないかもしれない。
*この問題のヒントについては、これ⇒★をクリックしてください。
2009年07月15日 ボルボ240、まだ不調
今日は35度。炎天下、まずエンジンをかける。アイドリングは安定。そろそろと発進。少しアクセルを吹かし気味にしながら走っていく。水温計も上がり、一安心と思っていたら甘かった。ATの切り替わりが少し重く、ショックが大きい。だがそのまま走っていくと、二、三度、ラジオがすっと消えかける。音がしなくなるのだ。「ヤバいっ」と思うが、そのつど0.5秒程度で復活して、リセットがかかるまでにはならない。エンジンもその瞬間に、クッと息をつく。いわゆる「ハンチング」だ。プラグの問題か? ちゃんとスパークしていないのだろうか。しかしまあ、それ以上のことは起こらず、エンジンストールもしないまま、なんとか学校にたどりつく。
さて学校も引けて、夜、駐車場を出る。さすがに日中の猛暑は収まって、強風の名残が多少の涼を呼ぶ。公道に出るためのスロープを登り、スモールライトからロービームに切り替えた瞬間、一度ハンチング。
これは電気系(電圧)か? バッテリーのインジケーターは緑色だったが、などと思いつつ、おっかなびっくり走らせていく。その後はアイドリングが不安定になることもなく、音も振動も静かに、無事帰宅。
ボルタ社長がガレージ社長に聞いたら、「それだけの情報では、何一つ分からないな」と言われたそうで、確かにそのとおりだろう。やはり暑さで参っているのか。
金曜日に再びオンマニ号を使う予定なので、そこで再び様子を見ようと、ボルタ社長とも話を決める。
*この問題のヒントについては、これ⇒★をクリックしてください。
2009年07月19日 ボルボ240、不安残る
金曜日、この日は高曇りで比較的しのぎやすく、それで車も何事もなく動いてくれる。エンジン音は静粛で、ただATの切り替わりに多少の重さあり。
オート・ボルタに電話を入れ、とりあえずはもう少し様子を見ることにすると伝える。もう日の暮れた駐車場を出て、スモールからロービームに切り替えたとき、やはりエンジン振動に一瞬の切断感というか違和感があり、ラジオをつけると、案の定、リセットされている。つまり瞬間的に電気が落ちているということだ。そのまま走らせ、安全な場所で路側に寄せて停車し、もう一度ライトを消してから、スモールライトをつけ、ロービームに切り替えたとたんにエンジンストール、電源からなにからすべて落ちて真暗になる。0.5秒後には、電源だけ甦る。あらためてイグニッションスイッチを入れなおすと、普通にかかる。念のため、何度もライトのスイッチを入切してみるが、もうエンジンの振動もほとんど変化なく、エンストもしない。
この時点で、もう一度オート・ボルタに電話し、状況を伝える。「そうですか、なるほど、さきの整備のときにライトスイッチあたりの電位は測っていて問題なかったはずですが…。電圧かなあ、イグナイターですかねえ」と社長。「とにかく、原因が分かったというには程遠いですが、なんとなく匂いはしてきましたよね」と私も答え、いずれにしても来週回しにしようということにする。
土曜日は車に乗らなかったが、今日日曜日はオンマニ号でホームセンターに買い物に出る。高速も少し使ったが、結局エンジンストールもせず、ハンチングもなし、ラジオの断電もなくて戻ってくることができた。今日も炎天下の猛暑ということがなかったので、あるいはそれが幸いしたのかもしれない。思うに、やはり電気系の問題なのではないかと、現時点では考えているのだが、はたしてどうなのだろうか。
★2011年11月29日追記:燃圧レギュレーター
このことに関して、以下の記事が参照になる【部分抜粋】。自己責任にて検索・参照されたい。ポイントは「燃圧レギュレーター」です。
『The world of VOLVO Hideの書斎』サイト:
Forum「740-940の仲間達」コーナー:
◆アイドリング不安定の解消ピンポイント 投稿者:コムサデミヤベ
投稿日:2011/11/24(Thu) 22:36 No.10550
定番のエアバルブ、スロットルバルブの清掃、エアマス、マスターバックチェックは大前提ですが、この4点だけでは、以下の症状は解消しません。
信号待ちの時にハンチング。もしくは、信号待ちに、突然エンストするが、かけなおせば直ちにエンジン始動。狭い道を右折、左折するときに、アクセルをふまないで惰性でカーブを回るときにエンスト(この時、ハンドルのコントロールができないので一番危険)。このような症状が、初期の頃は、頻度は少ないが、時がたつと共に、頻度が確実に増加します。この症状は1000回転以下しか発生しません。
交換部品は、燃圧レギュレーターです。この一つの部品交換で、上記症状はウソのように一発解消しました。
2009年10月13日(火) ボルボ240、オート・ボルタへ
ボルボ240オンマニ号を、オート・ボルタへ持っていく。
今回のメインは、オイル交換。ボッシュのオイルエレメント(フィルター)は調達済み。あとはいつもどおり、WAKO’s諸ケミカル投入をお願いする。
それから、運転席側サンバイザーのクリップが割れてしまっているので、これを接着剤でつけようかと思っていたが、部品取り車から調達することにした。
あとは懸案の、エンジンストール問題。*この問題のヒントについては、これ⇒★をクリックしてください。そして集中ドアロックの不調だ。運転席のノブのみが降りて、他は下がらない。手で何遍か上げ下ろしした後、ようやく、不承不承といった感じで、「バタッ」と下がる。
ところがここしばらく、エンストは起きていない。そしてオート・ボルタに行くと、面憎いことにオンマニ号はよそ行きの顔をして、ドアロックも普通に動作するのだ。社長がハンドルを握り、しばらく試運転したが、エンジンは快調、オートマの切り替わりも通常の範囲内だということ。
ともかく、ガレージに入れて調べないと分からないが、ドアロック機構の修理は内張りを剥がさねばならず、無用のお金がかかるのは避けたいとは、社長も考えている。これまでの症例分析からして、どうも電気の流れが臭いことは確かで、あるいはバッテリーあたりかもしれない。「ともかく、テスターで測ってみましょう」ということで、ボンネットを開ける。私はカーゴルームからオイルエレメントを出したりしていたが、前に回ると、社長が「早速、ひとつ発見しましたよ」と言う。
何かと思ったら、バッテリー端子に取り付けてあった〈バッテリーキルスイッチ〉の端子が、ぽっきり折れている。「ちょっと引っ張ったら、ポロリと取れました」と社長。鋳物の質が悪いのだ。不良品だ。この品物は車検整備に合わせて取り付けたもので、どこから購入したかは2008年4月22日の記録に留めてあるが、既往はあまり問いたくない。部品運が悪かったと思いたい。大難を小難で切り抜けられたのかもしれないし。それに結局、一度も使ったことはなかった。
いずれにせよ、もはやどうしようもないので、バッテリーキルスイッチそのものを外し、元の端子で直結する。その後テスターで測ると、バッテリーはピンピンしている。
さてこれで、いささか曙光が射してきたような気がした。すなわち:
●バッテリーキルスイッチ端子は昨日今日でいきなり折れたのではなく、だいぶん前から少しずつ亀裂が入り、しだいにそれが振動で広がり弱りつつあった。そのために、電流が途切れることがきっとしばしば起こり、ライトをつけるなどの大電流を要求されるときなどには特に負荷が大きくかかって、それで瞬間的に断電してエンジンストールにつながったのではないか。
●集中ドアロック機構の不具合も、あるいは流れるべき電力が弱く、そのために十分な力が出なかったのではないか。
もちろん、20年も前の欧州車だし、電気系統はどこが弱っているか分からないから確言はできない。それに、バッテリーキルスイッチを装着する以前の、ごく初期の一度目のエンストの原因は、これで説明することはできない。*この問題のヒントについては、これ⇒★をクリックしてください。
こうしたこともあるし、「ともかく明日、いずれにせよオイル交換の際にもういちど様子を見て、それでガレージに入れるかどうか、連絡します」と社長も言うので、それに従うことにする。
後はコロナホイールが少し痛みかけてきているので、どうにか別のものにしたい。うまく出物を社長に見つけてもらいたいものだ。すると、「最近、競争相手がいなくなっちゃって」と社長が言う。これは喜んで言っているのではなく、この不況、そもそも自動車自体の売れ行きが落ちている中で、旧ボルボを扱う中古ディーラーが軒並み姿を消しているということで、つまりパイそのものが縮小してはとうてい一人勝ちなどと喜ぶことはできないが、もしかしたらそうした関係で、部品そのものは出回ってくるかもしれない、そうしたニュアンスのことばと受け取った。
さてそれで、今回の代車は、ボルボ850GLE。オンマニ号よりはだいぶんデラックスだし、エレクトロニクスも充実している。だがどうも、オンマニ号のような分かりやすい反応というのはあまり無いようではある。
2009年10月14日 ボルボ850、インプレッション
代車で来ている、ボルボ850GLEのインプレッションを書いておく。
まず、車高が240に比して低いことに気づく。屋根が眺め渡せるので。しかし別に室内が頭がつかえるとかそんなことはなく、十分に広い。
運転すると、パワーステアリングが軽い。片手で楽に回せてしまう。もちろん、しっかり保持することはできる。ウッドハンドルだし、高級感があって快適。乗り心地も悪くないし、ロールもしないのは、デルタリンク方式の賜物だろう。さすがレースにまで出た車だ。
加速はもちろんよく効き、かつスムーズ。ついアクセルを踏み込んですっ飛ばしてしまいそうだ。エンジン音も低く、いかにも噴射しているという感じが伝わる。ただし、あっ、スピードが出すぎた、コントロールせねば、と思って速度計を見ると、案外60キロに届いていなかったりする。つまり、加速に要する時間も短いし、車高の低さとも相俟って、スピード感覚(疾走感覚)が、240とはだいぶん違うということだろう。
後は、室内はごてごてしているし、オーディオや空調その他含めて計器は多いし、透過式でピカピカしているし、そのあたりは現代車に繋がるわけだ。
最後に、夜帰宅して駐車場に入れているときに思ったのは、240が「戦車」だとすると、850は空港に降り立って駐機場にタキシングして行く「ジャンボジェット機」くらいの違いがある、ということだった。「ジェット・ストリーム」髣髴。
ただ書いているうちに気づいたが、悪く共通点を挙げれば、要はどちらも鈍重ということか。もちろん、なにものも安全には換えがたい。
2009年10月18日 ボルボ240、オート・ボルタより戻る
オート・ボルタの社長より電話あり、ボルボ240オンマニ号の整備が上がったとのこと。午後から代車850に乗って、オンマニ号を取りに行く。
まずは通常メンテナンス。
●オイル交換。バルボリン10W-40。
●オイルエレメント交換。ボッシュ製。
●WAKO'sケミカル投入。FVとSC。
それから、外装磨き。社長がバフ研磨と、ボンネットは手作業で、二日もかけてやってくれた。私が昔のフランス人みたいに外装を放りっぱなしにしているのが悪いのだ。ついでに室内も清掃してくれたという。私もミニ掃除機は買ってあるので、心がけよう。
それから心配だった点の第一である、キーレスエントリーによるドアロック不調だが、既述のように不良品のバッテリーキルスイッチを取り外して端子をターミナル直結に戻した結果、どうやらうまく動いている。ちょうどガレージの社長がオート・ボルタに来たので、一緒にドアの内張りを外し、ドアロックの機構からウィンドウレギュレーターまで綺麗に清掃して締め増しをし、グリースもかけたのだという。ただし、運転席ドアだけは「いじるな」というガレージ社長の厳命(懇願?)だったそうだ。取り付けの際のトラウマがよほど残っているらしい。しかし後でドアを閉めてみたら、「バン」という音がこれまでとは大違いの、いかにも「気密」といったいい感じになっていた。
第二のエンジンハンチング/ノッキング/始動時の震えだが、一日の最初にエンジンをかけたときは、やはり少しあるそうだ。だがアクセルを踏んでやや回転を上げ気味にアイドリングさせると、すぐに通常の範囲内に収まって、その後はもうほとんど起こらないという。これはまあ仕方のないところもあるらしく、むしろオンマニ号は優秀な方らしい。今後もプラグ点検、電気系点検、カーボン清掃でしのいでいくということになるだろう。ともかく現時点では、WAKO'sのF1をガス満タンごとに1本ずつ3回投入、それから今回はさらにWAKO'sの「プレミアムパワー」も1本加えて投入せよとのことだった。さらには、「3回に1回ぐらい、ハイオクを入れてください」とのご託宣。ノッキング防止と、エンジン内清浄化を徹底せよとのことだ。また、「あまりエンプティになる前にガス補給を」とも指示される。止むを得ない、長持ちのためだ。
来年4月の車検に向けて、部品の調達の心覚えを書いておく。
●嶋電「カミナリ」。嶋電アースとプラスチャージラインは、壊れるまで大丈夫だそうだが、「カミナリ」はコンデンサーなので寿命があるという。車検ごとの交換でいける。
●ワイパーブレード。ボッシュのにしたい。
●オーバードライブソレノイド。交換の際、キックダウンケーブルも今度こそしっかり調整してもらう。
●ヒューズ。ボッシュ製の新品に全取替えしたい。これだけでもずいぶん違うかもしれない。
さてオート・ボルタを辞して、試運転がてら帰宅。途中のエネオスで早速F1とプレミアムパワーを各1本投入、ハイオク満タン。エンジン音は静粛、出足はスムーズで申し分ない。リモコンロックもうまく動いている。これで燃費がよければ、こんどの整備は成功といえよう。
しかし、こんなオールド・カーが、現代車にそこそこ負けない走りができると、横のどのクルマが考えるだろう。それを思うとなんだか楽しい。
2009年10月18日 ボルボ240、四方山話
いつものようにオフィスでコーヒーを飲みながら四方山話をして、なかでも印象に残ったことを記しておく。ただし、ここからは浮き世/憂き世を離れたお話としてお読みください。
第一線で活躍する音楽家などは、やはり経済的に不自由のない人もいるそうで、マイバッハ(!)に乗る人も、何人もいるという。ただそれには理由もあって、音楽と同じ、クルマにもやはり高揚感がないといけないからだそうだ。たしかに、超高価で超繊細な楽器を扱う人が、国産大衆車にはとても乗れないだろう(じつは国産某超高級車も含めてということらしいが)。
ところがある音楽家は、「お金を出せば買える車はイヤだ」と言って、わざわざネットで探し、ボルボ240を選んで、「きぬのみち氏のと同じように仕上げてくれ」と頼んできたのだという。
この話にはさらにおまけがあって、ふつうホテルに乗り付けると、国産高級車だとドアボーイは鼻も引っ掛けない、外国高級車だとようやく一人出てくるのが関の山、ところがモディファイ・チューンした件のボルボ240が車寄せにすっと止まると、五、六人が駆け寄って、「どうしたんですか、一体。すごいですね、いいですね」と大評判だったという。
こうした話にはどうまとまりをつけていいものやらためらうが、まあアーティストをそれだけ触発したのだから、ボルボ240オンマニ号も、また私のサイトも、以て瞑すべきか。
2009年11月15日 ボルボ240、ヒューズ交換
午後から、ボルボ240オンマニ号のヒューズ交換をする。
トレード・デザイン社の通販で、ボッシュのヒューズを調達してあった。これは「スティック・ヒューズ」、別名「セラミック・ヒューズ」というもので、日本ではその形から「芋虫ヒューズ」と呼ばれている。古い年式の欧州車は、みなこれらしい。アンペアによって、赤、白、青に区別される。ものは非常にヤワで、しかも導電部分がアルミでむき出しなので、湿気の影響で非常に腐蝕しやすいという。欧州だから通用する話で、日本ではきついだろう。三十年前、私が最初に乗ったスバル・レオーネ1600クーペの場合、みな管ヒューズだった。ボルボの話ではないが、ネットなどで調べると、電気に詳しい人によっては、パイパスしてしまってブレード・ヒューズにしているケースもある。
ボンネットを開けて、バッテリーのマイナス端子を外そうとするが、メガネレンチが合わないことに愕然とする。もっと大きいものでなければならない。嶋電カミナリだのアースだのを締め付けてあるので、モンキーレンチは入らない。こういうときのためにバッテリーキルスイッチを装着していたのに、肝心のときには壊れていて役に立たない。止むを得ず、そのまま決行する。乱暴な話だ。
91年式ボルボ240GLワゴンのヒューズボックスは、助手席左足許にあって、縦に並んでいる。一本外しては接点を磨き、ナノテク応用の嶋電スプレーをかけて、新品に交換ていく。たまにブラシが上と下の接点に当たって火花を飛ばしたりして、ひやひやする。まあ瞬間だから、大事は無いだろうと勝手に決める。それでも一回はブラシから煙が上がって肝を冷やした。
久し振りなので、少し焦って、最後の白い奴のところで、ちょっと無理に押し込んだらしく、ヒューズ側のマウントが外れて一本無駄にする。ところが次のものも同じように歪めかけて、これはもうダメかと思ったが、外して何とか整形する。このあたりは原始的なものなので、多分これでいけるだろう。
そうして最後の一本を押し込み、スタータをひねると、エンジンが無事かかる。どうやら成功。
心配は、キーレスエントリーの不調が治らないこと。右後ろドアノブが降りなくなった。何度か手で上げ下げしてやると、ようやく降りるのだが、この手も効かなくなってきた。困るのは、他のドアのノブも降りなくなること、またフロントドアにキーを差し込んで回しても連動すら効かないこと。電気系統か、ロッドの問題か、それともマグネットか……? 右後部ドアノブが降りにくいのは、もしかして電流が少ないからかと思ってヒューズ交換をしたのだが、どうもヒューズではないらしく、何度か試しているうちに、今度は助手席ノブまで降りなくなってきた。電池も新品に換えて、器具も予備の物に交換したが、状況は変らない(ちなみにリモコンの操作器は、ネットで調べるとエーモン製のようだ。同じ形だから)。あるいは、受信器側の問題かもしれない。
取り得る選択肢は、修理か、別会社のものにするかだが、時間も手間賃もかかるし、車検整備の時期まで待って、他の部品交換と一緒に済ませようと考えている。それまでは当面、助手席・後部などのドアノブは降りるときに車内で自分の手で降ろしておき、最後に運転席だけ外からリモコンで閉める。その際、リヤゲートも忘れず確認する。原始的だが、むしろ確実かもしれない。それに、解除するときは問題なくリモコンでできるのだから。
ともあれ、これが現在の最大の問題だ。
2009年12月30日 ボルボ240、納めの買い物
昼から、浅草と神保町へ廻る。浅草は吉例で、伝法院通りにある「大和屋」の出店で佃煮を買う。神保町も毎年のことで、すずらん通りの「揚子江菜館」の中華おせちを取りに行く。
高速も空いているので、地元から国立府中IC〜首都高4号〜首都高1号上野出口〜浅草まで1時間。上野アメ横の混雑のあおりを受けて駅前でちょっと渋滞した以外はスムースに神保町まで走り、代官町入口から国立府中まで、やはり1時間足らず。高幡不動の有名パティスリー「Fujiu」に寄って帰っても、楽に1時間半で帰宅できた。正月なので早めに給油しておいたが、ほとんど高速しか通らなかったので、やはりリッター10キロ弱までかせげていた。優秀だ。
今年の4月以降は、家庭の事情もあって、ボルボ240オンマニ号は遠出をすることもなく、もっぱら通勤と、近傍の買い物にしか使わなかった。それでも、週一回は必ず都心に往復したし、そのときは高速も走った。
こうした使い方をしても、十分にその用途に対して応えてくれるところが、さすがに3桁ボルボだ。今の車と比較すればテクノロジーでは40年も隔たっている(アポロやソユーズのようなものだ)ので、もはや設計思想がまるで違うが、むしろ着実な加速、軽快な巡航、「真綿でくるんだ」と言われる確かな制動という点で、このボルボ240は素晴らしい。なにより運転者に「走り」の状態をすべて伝えてくれて、「これ以上はダメだよっ!」とか「これ以上は危ないよっ!」というときには、必ず教えてくれる。そうやることで、ボルボ240という車は、トータルに「人馬一体」で乗れるのであり、それが運転の安全度を上げ、かつ保証しているのだ。
そうそうそれから、この40年前のテクノロジーのクルマに衝突する際は、覚悟しておいたほうがいいです。ぶつかった側が、必ず壊れます。第二次大戦の時の戦艦と、現代のイージス艦との違いと似たようなものです。
これにてこのページを閉じ、来年からは新しいページに改めます。
2009年12月23日、冬至の翌日、近所の氏神様の前にて
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