?ポランの広場?

これは、2004年の11月のある日のことです。

 妻が風邪気味だというので、少し夜遅くなってもいたが、元気をつけに肉でも食べに行こうと繰り出す。
 車で第一京浜の蒲田のあたりを走っていたら、妻が「炭火焼肉ポランの広場」という看板が見えたと言う。

!?工エエェ(´д`;)ェエエ工!?

 あまりのことに耳を疑い、熱に浮かされて口走ったのだろうと糺すが、たしかに見たと繰り返す。
 さすがに聞き捨てならないので、左折左折を繰り返して道を戻り、あらためて注意しながら走って行くと、なるほどほんとうに、そのあり得ない店名を記した黄色い看板が、煌煌と出ているではないか。
 そうして、その指示に従って狭い横道を入ると、たしかにそれは、そこにあった。
 ちょっと瀟洒な洋館建てで、イーハトーブ風だと言って言えないこともない。
 屋根と軒には電飾がついて、中には店主らしき人の姿も見える。山小屋風の室内からは黄色い明かりが洩れ、もしもドアを開けて一歩入れば定めし賢治グッズが所狭しと置かれ、賢治歌曲が静かに流れている、いかにもそんな感じなのではないかと思われた。
 あいにくもう閉店間際だったので車を降りることもなく、外から一瞬眺めただけだったが、ともかくそのような店がこの世に間違いなく存在するということだけは、これではっきりとわかった。
 それにしても、菜食主義者でもあった賢治が作り出した理想の場である「ポランの広場」に、よりによって「炭火焼肉」をくっつけるなどとは、どう考えてもおよそ信じ難い取り合わせだとしか言いようがない。あるいは、よほどの賢治好きの店主なのか? いやまさか、それにしても……。
 とつおいつ考えながら妻と食事をしているうちに、ひとつの仮説を得た。
 すなわち : この店の姿が洋館であることからすると、かつてはほんとうに賢治マニアの主人がいて、ランチとディナー限定の趣味みたいな洋食屋を開いていたのだが、そのうち当然ながら商売が左前になって、とうとう別の経営者に店の権利を売り渡した。そこで新しいその経営者は、手っ取り早く元を取り返そうとて焼肉用の設備ばかりを据え付け、店の構えも内装も、はては名称までもそのままにしておいて、ただ名前の上に「炭火焼肉」とのみ冠したのだ。
 これなら大いにあり得ることだし、それにこの妙ちきりんな店名の説明もつくというものではないだろうか。

 上の仮説はもちろん私の妄想にしか過ぎませんが、肝心の店だけは、たしかにあります。もしお疑いの方があれば、第一京浜を南下して、環八交差点の南、蒲田の先、川崎方面へ向って左側、びっくりドンキーの手前くらいを注意して御覧になってください。黄色い看板が、夜目にも明るく出ています。