ショパンとリストと、もうひとりのピアニストが、モーツァルトの二台のフォルテピアノ・ソナタを演奏するというので、私は友人とともに、非常に楽しみにしていた。
三人は、ヨハン・シャンツのものらしい、古いピアノフォルテを、しきりに調整していたが、うまく動かないらしく、やがて、「だめだ」といって投げだそうとした。
「新しいのがありますよ」
と、私がいった。すると、リストが、
「新しい楽器でやっても、なんの意味もないさ」
と、さも軽蔑したようにいった。
私は、こんな機会をみすみす逃してしまうことに、とても我慢ができなかったので、熱心に説得した。
「そんなことはありません。この楽器は、モーツァルトの愛用した、アントーン・ヴァルターのピアノフォルテを、アメリカのフィリップ・ベルトが忠実に復元したものですから、オリジナルのものと、なんの変わりもありませんよ」
私の説明に、リストも納得したらしく、
「そうか、それならよろしい」
とかんたんに答えたので、私はほっとした。
すると、こんどは、ピアノフォルテを弾くにさいして、はたして親指を使うか否かということについて、三人のあいだで、ひとしきり論争となったが、結局、三人目のピアニストが、ふたつの奏法を試してみることに決まった。
ピアニストは、ピアノフォルテの前にすわって、試弾をはじめた。指が早く動くので、ピアノフォルテの鍵盤が、きわめて軽いということが、横で見ているだけで、はっきりとわかった。
ピアニストは、親指を使ったり、あるときは使わないようにしたりして、しばらく試していたが、やがて弾くのをやめると、
「やはり親指を使おう」
と宣言した。残るふたりもこれに同意して、いよいよ演奏ができることとなった。
二台のピアノフォルテを、背中合わせにぴったりとつけると、きれいな長方形ができあがる。これで、二台のフォルテピアノ・ソナタの演奏準備がすっかりととのった。
「わくわくするじゃないか」
私は、かたわらの友人にそういって、この、二度とないような演奏を聴く幸運にめぐまれたことを感謝しながら、胸を高鳴らせて立ちつづけていた。
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