クスケー由来

これは、沖縄県中頭郡読谷村字都屋で「琉球弧を記録する会」を主宰する村山友江さんが記録した、伝承昔語りです。原文は「島クトゥバ」(島ことば、つまり沖縄語)ですが、村山さんが現代日本語に翻訳したものを、きぬのみちが許可を得て、さらに文体と口調に手を加えました。なおこれは、「童話同人 ソムニウム」サイトより転載したものです。

『クスケー由来』

話者:(大正12年10月16日生)読谷村字渡慶次 国吉トミ

 昔、昔よ、山原の山と山の底に村があったって。そこに、マチャーとウサぐゎーという夫婦がいた。この二人は、たいへんな働き者で、また正直者だった。
 それで、村中でもうらやましがられている夫婦だったのだが、夫婦になって長いことたっても、子供が産まれなかった。もうたいへんに子供を欲しがり、毎日のように御嶽の御神に、「私たちに子供を授けて下さい」と、御願いをしていた。すると、一年後に、男の子が産まれたって。「それ見よ、でかしたぞマチャー」と、夫婦はもちろん、とても喜んだ。
 村の人も、親戚や隣近所の人たちも、それは喜んで、もう毎晩毎晩、産まれた子供の祝いに来たわけだ。良いことなんだから、「はい、酒も飲め、三線も弾け」と、毎夜のように、「ティルリトゥクヮンクヮン」と祝った。マチャーとウサぐゎーも、たいへんな喜びようだった。そして、「男の子一人儲けるだけで、こんなに嬉しいね」と、喜んでいた。
 
 さて、今日も夕方になったので、マチャーの友だちは、「はい、今日もマチャーたちのところに夜伽に行くよ、さーさー」と、二人、三人と揃って来た。その道中で、後からついてくる女がいた。「あっ、女がいるよ。さあ、あなたもマチャーたちに出産祝いをしに行こう」「ああ、私も行ってよろしいでしょうか」「いいよ、さあさあ」と、その女も連れて、マチャーの家に行ったわけさ。
 「はいマチャー、今日は女も連れて来たよ。」「ああ、ちょうどいいよ、はいはい中に入りなさい」と、言った。
 「酒も飲め、茶請けも食べなさい。今日は又、祝いを盛り上げてくれ。」と、マチャーは、たいへん喜んだ。もう、いつもよりもいっそう「ティルリトゥクヮンクヮン」と、祝いは華やいだ。踊りやら、歌やら、もうやかましいほどになってしまった。
 隣のウスメーは、眠れずに目がさえてしまったので、「このマチャーは、今日はいつもよりもやかましい、行って怒ってこなくちゃいけない」と、マチャーの家に行った。
 待てよ、あんまりひどく大喜びのようだが、まずはこの節穴から覗いてみようと見てみると、アキサミヨー、舌も長く伸ばし、目玉もでんぐり返って、化け物がなんべんも踊っているではないか。
 ウスメーは、「もう一大事だ。これはえらい事だぞ。」と、ガタガタ震えてしまった。そこで、まずは家からマチャーを連れて出なければならないと、家の中に入っていった。
 すると、マジムンは、もう美しい女になって踊りまくっている。よくも世間の目を騙しているものだ。
 「おいマチャー、ここに出て来い」「何ですかウスメー、何ですか」「まず、この節穴から見てごらん。」と見せた。するともう、アキサミヨー、舌も長く伸ばし、目玉もでんぐり返って、化け物が踊っているわけさ。マチャーはもう、ガタガタと震えてしまい、そこに座りこんでしまった。
 ウスメーはそれを見て、「おいマチャー、意地を出しなさい。この化け物に負けたら、あんたは一大事になってしまうよ。これは悪い風、悪風、マジムンなんだから。マジムンの後を追っていって、どういうことか聞いてきなさいよ」と言ったので、マチャーは意地を出した。だって、「もしあんたがこのマジムンに負けたら、あんたたちの赤子の命はないよ」と言われたのだから。
「はいウスメー、何が何でも、このマジムンに私は勝ちます。何でも良いですから教えて下さい」
「良く聞きなさいよ、マチャー。このマジムンは、一番鶏が歌ったら風のように出て行くからね。その時には、あんたは意地を出して、後を追って行きなさい。そうして、どういうことなのか、話を聞いてきなさいよ」と、ウスメーに教えられた。
「意地を出して、どんな所に行こうと私が聞いてきます。ウスメーよ、ありがとうございました」
 それから、家の中に入っていった。するともう、マジムンは美しい女になって、なんべんも踊りまくっていた。
 「ああ、このマジムンは、世間の目を騙すもんだな」こいつを見逃してはいけないと、マチャーが思っているところへ、「コケコッコー」と一番鶏が鳴いた。するとマジムンは、スゥーと出ていったって。マチャーはこいつに負けてはならぬと、ずっと後を追い続けた。
 畑を越えて、山道を越えて、木の葉が生い茂っているところを押し分け押し分け、追っていった。すると、昼でも暗いような、大きな洞窟の前にひざまずいて、マジムンが言う。
「サリ大蛇様、ここを開けて、私を入れて下さい」
「ならぬ。いままで、どこをほっつき歩いていたのか。おまえを入れることはならぬ」と、化け物の大蛇が言った。
「ああ、大蛇様、私は赤子の祝に行っていたのですよ。」
「何だと、赤子の祝に行っていただと。だったら、私の言うことを聞くか」
「はい、何でも聞きます」
「では、明日の夜、その赤子の命を取ってきなさい。赤子にくしゃみをさせてきなさい」
「ああ、それは手の内ですよ。明日は直ぐにでもその赤子にくしゃみをさせて、命を取って来ます」
「けれども、世間はね、世間は物知りで、もしおまえが行って、門にサンがあったら、どうするか」
「ああ、人間はそんなことは分かりません」
「では、入り口に左縄が下げられていたらどうするか」
「それは人間には、よけい分かりません」
「赤子の枕元に、弓の矢が引いてあったらどうするか」
「世間はそれは分かりません。私が明日、必ずその子にくしゃみをさせてきます」と言 った。
「それで、その子がくしゃみをしたとき、『クスケーヒャー クスタックェー アチグスクェー』と言ったら、おまえは、その子にくしゃみをさせることができるか」
「それは世間には、よけいに分からないことです。明日は、私がくしゃみをさせてきますので、どうかここを開けて私を入れて下さい」
「ああ、約束だよ」と、マジムンと話をして、そうして中に入っていったって。
 マチャーはそれを聞いて家に戻り、「明日はこのようなことですので、私たちは、自分たちは、このマジムンに負けてはならぬ。明日の夜、そのようにして、友だちも、私たちの子のために頑張ってくれ」と言った。「ああ、そういうことだったら負けてはならぬ」と、兄弟も全員そろってきて、翌日の夜になるのを待っていた。
 夜半過ぎになって、マジムンが赤子の命を取りにきたら、何と、門にサンがあった。
「あっ、どうしてこの世間では、このような物をかけてあるのかな。珍しいことだ」と潜って行ったら、入り口に、左縄が下げられていた。「不思議なことだ」と、ヨロヨロしながら赤子の枕元にいくと、自分に向かって、弓の矢が引かれているではないか。「珍しいことだ。どうしてこの世間では、こんなに分かるのだろうか」と、もう精は抜かれているのだから、ソーローソーロー、よたよたとしているうちに、意地を出して赤子に「ハックション」と、くしゃみをさせた。
 すると、寝たふりをしていた友だち、兄弟たちが、「クスケーヒャー クスタックェー アチグスクェー」と言った。「アイエーナー、世間はなんて物知りだ。私はその赤子の命を取ることができない。赤子にくしゃみをさせることができない」と、ヨーローヨーローと風と一緒に出て行ったって。
 
 このようにして、マジムンは大蛇の前に行けなくて、もういまでも、そこらじゅう、自分の家を探して歩いているんだって。だから、悪者、悪風になっていまでも歩いているから、どの家でも、このようにして、八月の柴差しには柴を差す習慣があるはずです。この柴は、大変恐ろしいもの。このようにすると、龍の口、龍の口に似て、悪風、マジムンにとって恐ろしいもの。龍というのは、世間でいちばん強い風を喰って、風とともに天に昇っていくという、いちばん強いものということで、昔は龍は、いちばん強いものとされていた。
 それで、このサンというのは、龍の口に似ているということで、昔からのしきたりで、こういうふうにしています。いまでも、「ハクショ ン」とくしゃみをしたら、「クスケーヒャー」と言うお婆さん、 またはお母さんがいらっしゃるはずです。


1998/2/3収録:琉球孤を記録する会